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共創事例
大学発の新素材を、アパレル大手の品質基準・ブランド・販売網で製品にする
Spiber株式会社(スタートアップ) × 株式会社ゴールドウイン(大手企業)
日本 山形県鶴岡市・東京都 事業化 情報確認日 2026年10月5日
微生物発酵で構造タンパク質を作るスタートアップSpiberと、THE NORTH FACEなどを展開するゴールドウインの共創です。2015年にスポーツアパレル分野の独占的な業務提携と30億円の出資で始まり[2] [3] 、水に濡れると縮む素材の課題を4年かけて解決して、2019年に初の製品「MOON PARKA」を発売しています[12] 。2023年にはタイの量産工場の原料で4ブランド17アイテムを世界同時発売しています[29] 。一方、Spiberの旧法人は2026年3月に私的整理に入り、ゴールドウインは株式売却損を計上しつつ協力の継続を表明しています[39] [45] 。
目次
共創の構造 背景と各組織の狙い 提供資源と役割 共同活動 成果物と成果 組み合わせの意味 他社への応用 出典 関連事例
1 共創の構造図解:共創プロジェクトの形
大学発の新素材を、アパレル大手の品質基準・ブランド・販売網で製品にする:共創の構造(Spiber、ゴールドウイン) プロジェクト全体の段階 探索 PoC 共同開発 事業化 スケール Before| 起点 During| 共創 After| 成果 A Spiber 1 ニーズ・シーズ 開発した構造タンパク質素材を、 実用化して採算に乗せたい 2 提供リソース 構造タンパク質の分子設計技術と素 材、特許群、タイの量産プラント A Spiberの成果 5 獲得成果 確認できた成果 30億円の出資、初製品化(2019年)、量産素 材による複数ブランド展開、15ブランドが採用 今後の目標・期待 量産と普及の拡大(旧法人は2026年 に私的整理、新会社が事業を承継) B ゴールドウイン 1 ニーズ・シーズ 石油由来素材への依存から転換し、環境負荷 の低い素材で中長期の成長基盤を作りたい 2 提供リソース 出資30億円、品質基準とテック・ラボでの検証、 ブランドと販売網、繊維メーカーとの開発体制 B ゴールドウインの成果 5 獲得成果 確認できた成果 継続的な製品化(2019年〜2025年)と通常販売 への移行。株式投資としては約10億円の売却損 今後の目標・期待 2030年までに新規開発商品の 10%を同素材へ(進捗は未公表) 3 共同活動 2015年の提携と出資から、超 収縮の課題を4年かけて解決し、 2019年に製品化。2023年に量 産原料で複数ブランド展開 4 成果物 MOON PARKAをはじめとする 製品群(2019年〜)、量産 原料による複数ブランド展開
Before起点 A Spiber
① ニーズ・シーズ 開発した構造タンパク質素材を、実用化して採算に乗せたい
② 提供リソース 構造タンパク質の分子設計技術と素材、特許群、タイの量産プラント
B ゴールドウイン
① ニーズ・シーズ 石油由来素材への依存から転換し、環境負荷の低い素材で中長期の成長基盤を作りたい
② 提供リソース 出資30億円、品質基準とテック・ラボでの検証、ブランドと販売網、繊維メーカーとの開発体制
During共創 ③ 共同活動 2015年の提携と出資から、超収縮の課題を4年かけて解決し、2019年に製品化。2023年に量産原料で複数ブランド展開
④ 成果物 MOON PARKAをはじめとする製品群(2019年〜)、量産原料による複数ブランド展開
After成果 A Spiberの成果
⑤ 獲得成果 確認できた成果 30億円の出資、初製品化(2019年)、量産素材による複数ブランド展開、15ブランドが採用 今後の目標・期待 量産と普及の拡大(旧法人は2026年に私的整理、新会社が事業を承継)
B ゴールドウインの成果
⑤ 獲得成果 確認できた成果 継続的な製品化(2019年〜2025年)と通常販売への移行。株式投資としては約10億円の売却損 今後の目標・期待 2030年までに新規開発商品の10%を同素材へ(進捗は未公表)
プロジェクト全体の段階
探索 PoC 共同開発 事業化 スケール
①ニーズ・シーズ ②提供リソース ③共同活動 ④成果物 ⑤獲得成果。図の内容は本文と同じ出典に基づきます。
段階:事業化 2019年に限定販売で製品化し
[12] 、2023年9月に量産原料による複数ブランド・複数国での通常販売に移行
[29] [31] 。2025年末まで新製品が続いています
[36] [37] 。一方、素材を供給するSpiberの旧法人は売上が年1〜4億円台にとどまり、2026年3月に私的整理に入って4月1日に新会社へ事業譲渡されています
[39] [42] 。ゴールドウインは株式売却損約10億円を計上し、「事業上の関係値は一切変更ない」として素材採用の継続を表明しています
[45] 。2026年4月以降の両社による新製品は確認できていません(2026年10月時点)。
2 背景と各組織の狙いSpiberは、クモの糸の構造タンパク質を微生物発酵で作る技術を研究する、慶應義塾大学先端生命科学研究所発のスタートアップです[1] [48] 。2015年時点では、製品化して採算に乗せることが課題でした[7] 。
ゴールドウインは40年近く「社会に対するインパクトをゼロに近づけたい」という思いで事業を続けてきたと渡辺氏は述べており[14] 、石油由来の合成素材への依存からの転換を課題としていました[48] 。2015年の出資の目的は「スポーツアパレル事業における中長期的な成長基盤の確立」です[3] [6] 。
両社は「地球環境の課題解決に向けた大きなビジョンを共有」して共同研究開発を始めましたが[48] 、素材は実験室の性能と、アパレルの品質基準の間に大きな隔たりがありました。クモの牽引糸は水に濡れると数十%も収縮することが知られており[48] 、これを製品で許容できる水準に抑えるには、素材そのものの設計を変える必要がありました[20] 。
3 提供資源と役割
A Spiber株式会社 スタートアップ・山形県鶴岡市 ・ 公式サイト
慶應義塾大学先端生命科学研究所発のスタートアップ(2007年設立)。構造タンパク質素材「Brewed Protein」を開発し、タイに量産プラントを持つ[17] [18] 。2026年4月に新会社が事業を承継し、創業者は主席研究員として在籍[42] 。
役割 素材の開発・生産・供給
① ニーズ・シーズ シーズは、微生物発酵で構造タンパク質を生産し、遺伝子レベルで分子設計する技術です[1] [48] 。ニーズは素材の実用化と採算化で、2015年時点で社員が「製品化して、採算ベースに乗らなければ意味がない」と述べています[7] 。資金調達の目的は、研究開発と「大規模普及に向けた体制構築」でした[2] 。
② 提供リソース 構造タンパク質の分子ライブラリと素材(QMONOS、のちにBrewed Protein)[1] 。水に濡れると縮む「超収縮」を抑えるために、遺伝子配列まで遡ってタンパク質を再設計(約4年)[14] [20] 。特許群(2019年時点で出願188件)[10] 。タイの量産プラントでのポリマー生産[27] [29] 。
③ 共同活動での担当 分子ライブラリから素材を選定し、超収縮の課題に対してタンパク質を再設計。量産プラントで原料を生産した[1] [20] [29] 。
⑤ 確認できた成果 ゴールドウインから30億円の出資を受けた[2] [3] 「実際のアパレル工業ラインで製造された世界で初めての人工タンパク質素材が使われた衣服」の試作(2015年)[1] 、2019年の初製品化[12] 、2023年の量産素材による複数ブランド展開[29] 2024年4月時点で国内外15ブランドが素材を採用[34]
⑤ 今後の目標・期待 タイ工場で「2023年度240トン、2024年度500トンのフル生産」を計画(ゴールドウイン渡辺氏の発言)[28] 「2030年までに商業規模のプラントを整え、2050年までに徐々に普及」(関山氏)[25]
B 株式会社ゴールドウイン 大手企業・富山県小矢部市・東京都港区 ・ 公式サイト
1951年設立のスポーツアパレル企業(東証プライム)。THE NORTH FACE、Goldwinなどを展開。グループ3,055名、連結売上1,375億円(2026年3月期)[47] 。
役割 出資、品質検証、製品企画・縫製・販売
① ニーズ・シーズ 石油由来の合成素材への依存からの転換と、マイクロプラスチック問題への対応[21] [48] 。2015年の開示では「スポーツアパレル事業における中長期的な成長基盤の確立」が目的でした[3] [6] 。Z世代・ミレニアル世代に「世の中のプラスになる選択をしているブランド」と認識されることも狙いです[23] 。
② 提供リソース 資金30億円[2] [3] 。紡糸・撚糸・織り・縫製の条件検討を両社で実施し[1] 、富山県小矢部市の「テック・ラボ」の人工気象室やフィールドテストで検証、品質基準を提示[8] [11] 。THE NORTH FACE、Goldwin、nanamicaなどのブランドと、直営店・EC、日米欧中の販売網[27] [29] 。繊維メーカーへの呼びかけによるテキスタイル開発体制づくり[31] [45] 。
③ 共同活動での担当 試作と品質検証を担い、改良試作品をテック・ラボで評価。製品企画・縫製・販売と、繊維メーカーを巻き込んだテキスタイル開発を主導[1] [8] [45] 。
⑤ 確認できた成果 2019年以降、継続的に製品化(Tシャツ、MOON PARKA、The Sweater、The Earth Hoody、2023年の4ブランド17アイテム、Goldwin 0、2025年の2製品)[9] [12] [15] [26] [29] [35] [36] [37] 2023年に「数千着の在庫を構え、通常販売」へ移行(報道)[31] 投資としては、Spiber株の売却損約10億円を計上。金田CSOは「投資としては負けだった」と述べた[45]
⑤ 今後の目標・期待 「2030年までの新規開発商品のうち、10%をBrewed Protein素材使用製品にシフト」(2023年)[29] 2019年時点では「2025年ごろまでにはほとんど全てのアイテムに使用」との見通し(渡辺氏)[13]
4 共同活動③ 2014年夏、ゴールドウインの渡辺貴生氏(当時専務)らが鶴岡のSpiberを訪問し、構想を「まさに未来のあるべき繊維・アパレル産業の姿」と感じたと報じられています[31] 。2015年9月、両社はスポーツアパレル分野の独占的な業務提携契約を結び、ゴールドウインが30億円を出資しました[3] [4] [5] 。
最初の共同活動は、人工合成クモ糸「QMONOS」を使ったプロトタイプ「MOON PARKA」の開発です。Spiberの分子ライブラリからタンパク質を選定し、両社で「紡糸、撚糸、織り、縫製など、各プロセスの最適条件を検討するため、膨大な数の試作」を行いました。THE NORTH FACEの既存製品をベースに試作し、2015年10月に発表。2016年内の発売を目標としました[1] 。
しかし、素材は水に濡れると大きく縮む「超収縮」を起こし、ゴールドウインの品質基準を満たせず、発売は延期されました[10] [11] [48] 。Spiberは遺伝子配列まで遡ってタンパク質を再設計し、約4年を要しました[20] 。ゴールドウインは2017年11月から改良試作品をテック・ラボで検証しています[8] 。
2019年6月、協業プロジェクト「THE NORTH FACE Sp.」と新素材名「Brewed Protein」を発表し、8月にTシャツ(25,000円、250着)、12月に「MOON PARKA」(150,000円、限定50着)を抽選で発売しました[9] [12] 。2020年に「The Sweater」[15] 、2022年に「Goldwin 0」でデニム・フリース・シェルへ用途を広げ[21] 、2023年にはタイの量産プラントの原料で4ブランド17アイテムを世界同時発売しました[27] [29] 。同年、Spiberの循環型設計の実証にゴールドウインが参画し、デモ製品を共同制作して染料の分解性や縫製糸の強度などの課題を確認しています[33] 。
5 成果物と成果④⑤
成果物
プロトタイプ「MOON PARKA」(2015年発表、非売品)[1] 「Planetary Equilibrium Tee」(2019年8月、25,000円+税、250着)と「MOON PARKA」(2019年12月、150,000円+税、限定50着)[9] [12] 「The Sweater」(2020年、88,000円、日米欧11か国)[15] 、「The Earth Hoody」(2022年、93,500円)[26] 2023年秋冬の4ブランド17アイテム(3L Jacket 143,000円など。表地にBrewed Protein 60%)[29] 。以後、Goldwin 0(2024年)、THE NORTH FACE刺し子コレクション(2025年)などに継続[35] [36] [37] Spiber単独の設備として、タイ・ラヨーン県の量産プラント(2021年完工、年産500トン計画)[17] [18] [28] 販売数量と素材製品の売上は公開されていません。ゴールドウインの2030年10%目標の進捗[29] も未公表です。Spiber旧法人の売上は2024年12月期4.1億円、2025年12月期1.8億円で、2025年末の純資産は△281億円でした[39] 。タイ工場の生産実績は公開情報で確認できません。
未確認・留意点 Spiber旧法人は2026年3月に私的整理に入り、4月1日に新会社(川名麻耶氏がCEO)へ事業譲渡されました。旧法人は特別清算の見通しです[39] [42] [43] ゴールドウインの出資比率、追加出資の有無、売却損約10億円と決算短信の投資有価証券売却損1,075百万円[46] の関係は確認できません 独占的業務提携の現在の扱いは不明です。2024年には他の15ブランドも素材を採用しており[34] 、契約の変更は公表されていません タイ工場の生産開始時期は「2022年春」[27] と「2022年夏から本格稼働」[32] で出典が異なります 2026年4月以降のゴールドウインによる新製品は確認できていません[50]
6 組み合わせの意味編集部の考察 考察 この組み合わせの要点は、新素材を「売れる製品」にするために、素材の側と製品の側が双方の工程に深く入り込んだことにあると考えられます。Spiberは分子設計と素材の生産を担い、ゴールドウインは品質基準の提示、人工気象室やフィールドでの検証、紡糸から縫製までの条件検討、繊維メーカーを巻き込んだテキスタイル開発を担いました[1] [8] [45] 。素材のスタートアップが単独で試みるなら、品質基準も検証設備も販売網も、すべて自前で用意する必要があったと推察できます。
もう一つの要点として、時間とお金の耐久力が挙げられます。2015年の発表から製品化まで4年、超収縮という根本的な課題で発売が延期されても、ゴールドウインは出資と検証を続けました[8] [12] 。30億円の出資[2] は、Spiberに研究開発の時間を与え、ゴールドウインにブランド価値と「先行者」の位置をもたらしたと考えられます。
同時に、この事例からは、「製品化の成功」と「素材企業の事業の成功」が別であることもうかがえます。製品は2019年から2025年まで継続的に発売された一方、素材の供給側は売上が伸びず、2026年に私的整理に至りました[39] 。ゴールドウインの幹部は「ブランド事業会社としてコントロールできない川上分野での投資がこのような結果になったことは反省すべき」と述べつつ[44] 、「技術の実現に当社も関わるべきという信念に基づいて行動してきた。この点は後悔していない」とし、素材の採用を続けると表明しています[45] 。製品の共創と資本の投資は、切り分けて評価されているとみられます。
7 他社への応用編集部の考察 考察 この型は、大学発の素材・技術系スタートアップと、その素材を使う最終製品のメーカー(アパレル、自動車部品、建材、化粧品など)の共創に応用できると考えられます。製品メーカー側は、品質基準・検証設備・サプライチェーン・ブランドという、スタートアップが自前で持てない資源を提供でき、見返りに新素材の先行採用とブランド価値を得られる可能性があります。
成立の条件としては、第一に、実験室の性能と製品の品質基準の差を埋めるために、素材の設計まで遡って改良する時間を、両社が許容することが挙げられます。本事例では4年かかり、途中で発売の延期がありました[10] [20] 。第二に、素材メーカーが単独で動かせない工程(紡糸、織り、縫製)を、製品メーカーが取引先を巻き込んで動かすことです[45] 。第三に、限定販売から通常販売へ段階的に移る計画です。本事例は限定50着から始め、量産原料が得られてから複数ブランドの通常販売に移りました[12] [29] [31] 。
一方、製品メーカーがスタートアップに出資する場合は、製品の共創と資本の投資を分けて考える必要があると考えられます。本事例では、製品は継続した一方で株式投資は売却損になりました[45] 。素材の価格が下がらない間は製品も高価格にとどまり(MOON PARKAは15万円[12] )、普及の速さは素材企業の量産の成否に左右されるとみられます。出資額の上限と、素材企業が行き詰まったときの供給の継続方法を、最初に考えておくことが望ましいでしょう。
成立に必要な条件
実験室の性能と製品の品質基準の差を埋めるために、素材の設計まで遡る改良の時間(本事例は4年)を両社が許容すること[10] [20] 製品メーカーが、紡糸・織り・縫製などの取引先を巻き込んで、素材を製品にする工程を動かすこと[45] 限定販売で市場の反応を見てから、量産原料の確保に合わせて通常販売へ移る段階設計があること[12] [29] [31] 製品の共創と資本の投資を分けて評価し、出資額の上限を決めておくこと[44] [45] 素材企業が行き詰まった場合の供給の継続方法(事業譲渡後の契約など)を考えておくこと[42] [45]